もちもちアダチルちゃんブログ

元アダルトチルドレン=略してアダチルの24歳が運営する「生きづらさの克服」をテーマにしたブログです。でもハンドルネームはナナチル。 ペンギンが好き(・Θ・)

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昔は道端の草食べてました。

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先日、叔母とランチをしていた時のこと。
 
 
叔母「あなたって昔から変わってたよね〜」
私「そだね〜」
叔母「あ、そういえば、ちっちゃい頃はよく道端の草とか食べてたわよ」
私「ああ〜、覚えてる覚えてる」
 
 
そうだ、私は昔よく色んな草を食べていたし、花とかも食べていた。
苦いやつもあれば、意外といけるやつもあったりした。
 
 
叔母「それでいつだったかさ〜、あなたがまたパクってその辺の草を食べた時に、突然血を吐き出したことがあって…」
私「え?!そんなことまであったの?!」
叔母「あったあった!あの時はさすがにびっくりしちゃったよ〜!
でもなんで、あの頃は草なんて食べたりしてたんだろうね?」
 
 
うーん、何でだったかなぁ…。
色々と実験してたんだっけなぁ…。
 
 
…あ、違う。思い出した。
 
 
 
私、食べるものがなかったんだった。
 
 
 
 
私は2歳から10歳までの間、母と血の繋がらない父と3人で暮らしていた。
母は料理上手で、父は強くてたくましくて。
 
 
でも、お酒が入ると別だった。
 
 
アルコール依存症の母は、お酒を飲むと何ヶ月も何もできなくなる。
父はそんな母に絡まれて暴力を振るうか、仕事へ行ったきり何日も帰ってこなくなる。
 
部屋にあるのは、いつもむせかえるほどのお酒の匂いと、料理してもらえなかった魚の腐った匂いだった。
 
 
わが家には、食べ物がなかった。
 
 
だから、お腹がすいた私は力が出なくて、当時は学校にもほとんど行けなかった。
小学校の先生が助けてくれることもなかった。
 
そんな感じで、幼い頃の私の日常は、いつもぐったりとソファーにもたれかかってテレビを見ることくらいだった。
 
 
そんなある日、たまたまテレビに映った料理番組があった。
 
 
「はい、今日はクッキーを作りたいと思います」
「材料はこちら」
「これをこうして混ぜ合わせて」
「合わせたものを冷蔵庫で冷やしてから」
「型を取ってオーブンで焼き上げます」
「すると、こんなに美味しそうなクッキーができました!」
 
 
私はくぎ付けになった。
 
これはすごい。
粉を混ぜて冷やして焼いたらクッキーができた。
クッキー食べたい。よし作ろう。
 
そう思って、ハングリーモンスターになった幼い私は、台所を荒らし始めた。
 
確か何か、小麦粉と卵と牛乳とか言ってた気がする。
あとココアの粉見つけた!これ入れたらもっと美味しくなるんじゃないか?!
あとは冷やして…何分だっけ。まあいいや、とりあえずちょっと冷やしてすぐ焼こう。お腹空いてるし。
じゃあ冷やした後は、焼くんだったな…。
えっと、何か、箱に入れてチンすればいいんだろう。知らんけど。
 
わあ、あともう少しだ!
これが焼けたらクッキーが食べれる!
ワクワクしながら、私はタイマーをセットして待った。
 
 
数分後
ーチーン。
 
「できたー!!」
 
 
クッキーが焼けた合図の音。
嬉嬉として戸を開けた私の前には、
 
 
茶色くてグズグズの
お菓子のなれのはてがあった。
 
 
気づく人は気づいたかもしれない。
そう、私が使ったのはオーブンではなく電子レンジだった。
しかも、材料は小麦粉と卵と牛乳とココアだけ。
ベーキングパウダーもないから膨らまないし、砂糖もないからほとんど味もない。
 
 
ただココアの色と香りがするだけの、
そのかわいそうなクッキーを見ながら、
私はちょっと泣いた。
 
 
 
(そうだ、そうだった。
私がよく道で草を食べていたのは、家に食べるものがなかったからだった。)
 
 
 
死にたくなかった。
 
まだ人生何もしていないのに、こんなちっぽけな存在のまま消えてなくなってしまうのは、嫌だと思った。
だから、いざとなったら食べるものは自分で確保できるようにと思って、ちっちゃい頃は道端の草をあれこれ食べて研究してたんだった。
 
きっとその姿が、叔母の目にはちょっと面白く映っていたし、周りの大人たちからはかわいそうな目で見られていたのだと思う。
 
それでも私は、生きることに必死だった。
 
 
 
それからなんやかんやあって、家庭環境は変わった。
 
母は離婚して実家に戻り、母が酔っ払っても、毎日おばあちゃんのご飯が食べられるようになった。
成長した私は高校で料理研究部に入ったり、社会人になってからは保育園で子供たちのご飯を作る仕事をさせてもらったりと、それなりに料理もできるようになった。
 
人も環境も変わって、今では食べ物に困ることはなくなった。
これが当たり前になっていた今日この頃、ふと、あの日の叔母とのランチを思い出したのだった。
 
 
「でもなんで、あの頃は草なんて食べたりしてたんだろうね?」
 
 
それは、何気ない笑い話だった。
でも、そうだ、それはあの頃の、幼い私には笑い話なんかじゃなくて…
 
 
 
「なんでだったっけね〜!あっはっは」
 
 
 
でも、過去は過去、
今は今だ。
 
過去は悲しくて切なかった話も、今となっては笑い話になってもいいじゃないか。
むしろ、そんな過去があったからこそ、今当たり前のようにご飯を食べられることさえ、本当に感謝してもしきれないことだと思えるようになったんじゃないか。
 
 
「このサラダ、おいしいね」
「うん、ドレッシングがいい感じ」
 
 
きっと私は、このレストランで誰よりもおいしくサラダを食べている。
 
昔道端の草を食べていた私が、今はレストランでサラダを食べられること。
それが、どれだけ幸せなことだろうか。
 
 
「そんなことで幸せだなんて、かわいそうに…」
と思う人もいるかもしれない。
 
でも、むしろその逆だ。
 
「そんなこと」でも幸せになれる私は、普通の人が日々「当たり前」だと思って見過ごしているささいなことにも、幸せを感じて生きられる。
他の人が「これはすごい!」と思うことを「めっちゃめちゃすごい!!」と感嘆して喜んで生きることができる。
 
人間なんて、しんどいことがなきゃ幸せの価値もわからない。
それに、小さな幸せの価値がわかる人は、大きな幸せの価値も一層わかるから。
 
私の人生で一番感謝することは、それを気づかせてくれる人に出会えたこと。
 
 
だから私は強がりじゃなく、誰が何と言っても今が本当に幸せだ。
 
 
過去に縛られた人生じゃなくて、過去を糧にして今をもっとよく生きる人生を。
過去涙を流した分、今はもっと感謝して生きる人生を歩んでいけたら。
 
 
 
ていうか叔母さん、姪っ子が血吐いてたら助けてよね?!
 
 
おしまい。